大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 昭和46年(ワ)283号 判決 1972年11月27日

原告

中山礼子

被告

植木英作

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(甲)  申立

(原告)

被告は原告に対し金八八万八九六二円及びこれに対する昭和四六年一一月五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決、並びに仮執行の宣言。

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(乙)  申立

(原告の請求原因)

第一  一 原告は昭和四五年八月一三日午前九時五分ごろ、前橋市紅雲町一丁目三番六号先交叉点(以下本件甲交叉点という)を南方に向け自転車で横断中、訴外植木英雄運転の普通乗用自動車(群5ふ九六―九七。以下本件自動車という)に衝突して跳ね飛ばされ、左下肢挫傷、左下腿骨々折、頭部挫創、右肘挫創、右上腕骨尺側上果骨折の傷害を受けた(以下本件事故という)。

二 被告は本件自動車の所有者である。

第二  本件事故により原告は昭和四五年八月一三日より昭和四六年一月一八日まで渡辺外科医院に入院し、同月一九日より同年二月二七日まで同病院に通院し、又同年七月二一日より同月二四日まで日赤病院に入院した為、別紙記載のとおり損害を受けた。

第三  よつて、原告は被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条に基き、原告の受けた損害金合計金八八万八、九六二円及びこれに対する遅延損害金のうち本訴状送達の翌日である昭和四六年一一月五日から支払済に至るまで民事法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

請求原因第一項一のうち本件自動車が被告を跳ね飛ばしの点を否認し、傷害の部位程度は不知。その余は認める。同項二を認める。同第三項のうち渡辺外科医院治療費金八〇万七八〇円を被告が支払つたことを認め、その余は不知。同第四項を争う。

(被告の抗弁)

第一  本件事故現場は新潟方面(東方)より東京方面(西方)に通ずる幅員約一三米の道路で歩車道の区別があり、センターライン及び二通行帯の通行区分のある路上で、本件事故発生地点より東京方面へ向つて約五〇米の地点には十字路交叉点(以下本件乙交叉点という)があり、同交叉点には横断歩道及び信号機がそれぞれ設置されている。

第二  一 訴外植木英雄は本件自動車を運転して本件事故現場付近を歩道寄りの第一通行帯を新潟方面から東京方面に向け走行していた。折柄センターライン寄りの第二通行帯には本件乙交叉点に設置された信号機が赤のために連続して車両が停止していた。第一通行帯も右の信号機が赤のために本件乙交叉点付近で数台の車両が停止しており、本件自動車はこれら車両の後尾につくべく、時速約三〇粁で走行していたところ、本件自動車の右前方四米未満の停止中の第二通行帯上の車両の陰から急に原告運転の自転車が第一通行帯上へ出て来たため、本件自動車は急制動をかけたが及ばず、第一通行帯上で本件自動車右前照燈付近に原告自転車前輪が衝突し、本件自動車は衝突地点より約四・二米走行して停車した。

二 以上のとおりであるとすると、本件事故発生地点より東京方面寄り四〇ないし四五米の地点には本件乙交叉点があり、同所には信号機及び横断歩道が各設置されているのであるから、特に交通ひんぱんな本件事故現場では、右の信号に従い右乙交叉点を横断すべき注意義務及び原告にとつて左方から進行する車両の動静に対する注意があるところ、原告はこれらの義務を怠つた過失がある。

三 原告は左方四米未満の第一通行帯上を本件自動車が走行していたにもかかわらず、第二通行帯上を停止中の車両の陰から第一通行帯上へ出て来たものであり、本件自動車を運転する訴外植木英雄にとつては原告が右のように第一通行帯上へ出て来るまでは右停車々両の陰となりこれを事前に発見することは不可能であつた。

従つて、右のような場合即ち車両の前方進路上四米未満の地点に歩行者が現れた場合、訴外植木英雄にこれとの衝突を避けるためのいわゆる結果回避可能性が問題となるが、同訴外人には警音器、ブレーキ操作又はハンドル操作によつて結果を回避することは不可能であつたといえる。即ち、原告が本件自動車の進路上にあらわれて同車と衝突するまでの距離的余裕は三・四米であり、本件自動車の速度が秒速八・三三三米(時速三〇粁を換算)であるとすると、同訴外人の時間的余裕は〇・四〇八秒ということになるからである。しかもハンドルを左に切つた場合、本件事故現場の第一通行帯左側は歩道であるから、本件自動車は歩道へ衝突ないしこれに乗り上げてつぎの事故が発生する可能性が極めて高いことになる。これを要するに、同訴外人のハンドル操作による結果回避の可能性は時間的余裕が極めて少く、且つ本件事故以外の事故を発生させる可能性があることの理由から不可能というべきである。

四 つぎに本件自動車には本件事故に因果ずけられる構造上の欠陥及び機能の障害はいずれも存在しない。

五 以上のとおりであるから被告は自賠法第三条但書により免責されるべきである。

第三  仮りに右第二項が認められないとしても、同項二記載のとおり原告に重大な過失があつた。その割合は原告八に対し訴外植木英雄二と考えられるので、損害額の算定につき当然斟酌されるべきである。

(抗弁に対する原告の答弁)

抗弁第一項のうち、被告主張の地点に本件乙交叉点があり、同所に横断歩道及び信号機があること、並びに本件事故現場の路上には第一通行帯第二通行帯があることを認める。その余を否認する。同第二項及び第三項を否認する。

本件事故当時、本件乙交叉点の信号機は赤であつたから、車両は第二通行帯で停止し道路半分は空白な状態であつた。そこは必らずしも特に交通ひんぱんな所ではなく、まして原告には右乙交叉点まで行つてそこを横断する注意義務はない。訴外植木英雄は第一通行帯を走行する時に進行方向右側半分が空白であつたから人の横断することは注意すればよく見えた筈である。

(丙) 証拠〔略〕

理由

一  請求原因第一項一のうち原告が跳ね飛ばされたこと及び原告の傷害の部位程度を除いた事実、即ち本件事故が発生したこと、並びに同項二の事実は当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、右事故により原告がその主張どおりの傷害を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。

二  そこで、その余の請求原因事実はさておき、被告の主張する免責事由について判断する。

〔証拠略〕によれば、本件事故現場付近の模様状況は抗弁第一項記載のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。

そして、本件事故発生の状況は〔証拠略〕によれば、本件乙交叉点に設置されている信号機が停止信号の為、第二通行帯には連続して車両が停止しており、第一通行帯を進行していた本件自動車も停止すべく時速約三〇粁(秒速約八・三米)で走行し、本件甲交叉点付近にさしかかつたこと、右甲交叉点の横断歩道は昭和四五年三月で廃止され白線は殆んど消えていたこと、原告は自転車に乗つて右甲交叉点を前橋市昭和町方面から同市南町(南方)へ横断しようとし、それが本件自動車を運転していた訴外植木英雄の視界に入つた時点は原告が右第二通行帯に停車していた車両の陰から出た処であつて、その際の本件自動車と原告との間隔は別紙図面のとおり約三・四米の距離であつたことが各認められるところである。

すると、訴外植木英雄が原告を発見して衝突するまでの時間的間隔は僅か〇・四〇九秒(3.4/8.3=0.409)であり、右の時間的余裕では本件自動車運転者たる同訴外人が被害者たる原告を発見してから突嗟にブレーキ操作等の自動車制動措置を採り原告との衝突を免れることができない、即ち結果回避の可能性はなかつたものという他はない(少くとも被害者を発見して自動車運転者の制動要求から行動を発するまでの所要時間は〇・四秒かかるとされており、又右運転者の足のアクセルペダルからブレーキペダルへの踏替え所要時間は〇・二秒かかるとされており、その他所要の自動車制動時間ないし制動距離を考慮に入れなければならない)。

以上のとおりだとすると、同訴外人には本件事故発生についての過失はないといわなければならない。けだし、同訴外人に過失ありとする為には、同訴外人に事故発生についての予見可能性があり、且つその結果を回避する可能性があるときに、同訴外人に結果予見義務があり、且つ結果回避義務がありといえ、その場合にのみ義務違反を問い得るからである。

つぎに〔証拠略〕によれば、原告が信号機のない本件甲交叉点を横断するには左右の交通の安全を確かめた上横断すべき注意義務があるのに、原告は第一通行帯左方の安全を確認することなく第二通行帯に連続して停車していた車両の陰から飛び出して本件事故に遭遇した過失があること並びに本件自動車には本件事故と関連する構造上の欠陥及び機能の障害がなかつたことが各認められ、これに反する証拠はない。

すると、自賠法第三条但書の免責事由を主張する被告の抗弁は理由がある。

三  以上のとおり、原告の請求はその余の判断をするまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 宗哲朗)

(別紙)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例